現代社会は一部の差別主義者による過激な言動による、悲惨な事件などを生み出しながらも、基本的にはより多様な価値観や生き方を肯定する方向へと進んでいます。
今では世界的な有名な大企業の経営者や、一流のアーティストやアスリートがゲイであることやAセクシュアル(無性愛者)である事をカミングアウトすることも、決して珍しいことではなくなっています。
その一方でまだまだ社会的に認知が進んでいるとは言えず、そのために様々な誤解に苦しむ人たちがいるのも事実です。
Aセクシュアル(無性愛者)もまたそうした誤解や偏見に苦しむ人達です。
Aセクシュアル(無性愛者)の特徴は性欲や恋愛感情を持たない人間だということです。
これは病気などによるものではなく人間の個性として認知されており、先進国などでは、Aセクシュアル(無性愛者)を治療して普通の人間に戻そうする行為自体が禁止されています。
世界にどれくらいAセクシュアル(無性愛者)がいるのかは未知数ですが、一部の専門家は、人口の1%前後に相当するAセクシュアル(無性愛者)が、程度の差はあれ無性愛者としての特質を持っていると研究結果を論文で発表しています。
この研究が正しいとすれば、私たちの身の回りにAセクシュアル(無性愛者)がいても不思議ではありません。
Aセクシュアル(無性愛者)は、肉体からセックスに必要な機能が失われている訳ではないので、当然ながらAセクシュアル(無性愛者)と出会い愛してしまう人たちもいます。
はたして私たちはAセクシュアル(無性愛者)の人たちと出会いや恋愛をすることが許されるのでしょうか?
これはまだ新しく、デリケートな問題であるため、明確にこういう形で付き合うべきだ断言することは出来ませんが、基本的には「好きになるのは自由だが、自分の好意を望む形で受け入れてもらえないことは覚悟するべき」です。
Aセクシュアル(無性愛者)の人たちに対するよくある誤解に、ロボットのような冷たい人間だというものがあります。
しかしこれはまったくの間違いで、彼らは性的な欲望に根ざした感情がないだけで、他人の言動に喜びもすれば悲しみもします、そういう点では他の人たちと全く変わりません。
Aセクシュアル(無性愛者)の家族愛
また男女の愛は抱かなくとも家族愛やペット愛、同級生や同僚に対する友情などは普通に持っています。
実際そういう人間だからこそ、周囲の人間から好意を寄せられ様々な衝突と軋轢が生まれてしまう訳です。
全ての無性愛者がそうという訳ではありませんが、基本的に彼らは恋愛に関する話題全般を嫌います。
なぜなら性愛の感情を持たない彼らにとって「どうして恋愛しないのか」と問われたりすることは、自分が周囲の人間と違うことを否応なく自覚させられることだからです。
これは言ってしまえば味覚のない人たちが、ひたすら食べ物の味に関する話をされたり、どうしてこんなに美味しいのにあなたは食べないのかと責められるようなものです。
少し想像力を働かせれば、それがどんなに辛いことか分かるでしょう。
だから相手のことを思うのであれば、たとえAセクシュアル(無性愛者)を好きになっても好意を直接伝えるのは危険です。
場合によってはそれまで友人知人としては、良い関係でいられたのにそれまでの積み重ねが全て失われてしまうかもしれません。
思いを隠したまま片思いで終わるのがAセクシュアル(無性愛者)を傷つけない最良の選択です。
ただしこれは好きになった人が完全な無性愛者であった場合の話です。
世の中の出来事の多くが白でも黒でもないグレーゾーンのものが多いように、無性愛者の中にも完全に性欲や性愛の感覚を失っている訳ではなく、人を好きになることもあるがそれが長期的に持続しない、中間的な状態の人たちが存在します。
彼らは一定の条件が揃った場合に限りますが、人を好きになるので上手くいけば両思いになることは可能です。
しかし完全な無性愛者か、グレーなのかの見極めは専門家や本人ですら難しいため、過度な期待をするべきではありません。
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